2018年4月4日水曜日

お見舞い

 同窓会の準備をしている。恩師との折衝役から「先生は療養中で出席できない」と連絡があり、「ついては色紙かなんかでお見舞いしようか」と提案があったが、私は乗り気になれなかった。
 というのも病状が判らないからで、大した病気でないのに大層なお見舞いをうけたら「もしかしたら自分の病状は深刻なのではないか」と思われたりしないかと考えてみたり、ほんとうに重い場合は「やっぱり・・・」と思われないかと悩んでいる。
 若い頃の病気見舞いは文字どおり「病に打ち勝ってね」で済むが、歳がいくと話は単純ではない。この辺の判断は私は苦手である。

   新聞に金子兜太氏の「終の句」が紹介されていたが、私は2句目に引っかかった。
 雪晴れのあそこかしこの友黙まる
というものだ。
 昼は自宅で療養し夜は念のため施設に入所していたというから、あそこかしこの友人たちが気を使って見舞いを遠慮したということだろうか。
 それならば「黙まる」の文字はないだろう。
 素直に読めば、「アベ政治を許さない!」と墨書した兜太氏であるから、昨今の状況に「もっと声が聞こえてくるぐらいに頑張れ」ということだろうか。
 私は勝手に後者だと思うことにした。

 森友事件も単に安倍晋三氏の度の過ぎた身びいきではなく、戦後レジュームから脱却し戦前の秩序の復活を目指す改憲派の「安倍晋三記念小學院」を無理矢理作ろうとしたところに出発点がある。
 日本会議等の改憲派は初詣の神社で署名を展開したり、教科書や道徳や教育内容に横車を押すなど、ある意味で着々と草の根の活動を積み上げ、資金を提供してネット上の右翼=ネトウヨを育成し、マスコミ幹部や芸能人を酒席に呼んでいる。

 そういう時代にあそこかしこの人々は「もう歳だからネットは苦手だ」と戦場に出てこない。
 もっと声を上げよ!という気持ちが「黙まる」に結実していないか。

 近畿財務局職員の自死の報を受け注意して見てきたが、公務員労働組合運動のOBたちの声の低さには私自身予想外だった。
 どこかしこでは憤懣やるかたないと語っているのだろうが、それでは足りないと私は思う。それは「黙っている」のとあまり変わらない。
 雪晴れのあそこかしこの友黙まる
 兜太氏は何を言いたかったのだろう。

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