2017年6月4日日曜日

貴族の食材

   テレビかラジオで聴いたという妻からの受け売りの話だが、イギリスではキュウリは『高級食材』らしい。
 理由は、古くはイギリスの気候がキュウリ栽培に適していなかったことと、産業革命後のイギリスでは多くの野菜を輸入に頼っていたことによる。

 つまり、新鮮なキュウリを口にすることが出来るのは、高価な輸入野菜を購入できるか、温室設備を持ちキュウリを栽培することができる超リッチな金持ちや貴族層のみであった
 そのため、アフタヌーンティーで新鮮なキュウリを用いたキュウリサンドイッチを来客に振る舞うことは一種のステータスであり、同時にキュウリサンドイッチを食べることができるというのもステータスであった
 基本形はバターを塗ったパンにスライスしたキュウリを挟んだだけという。

 この事から、20世紀以降にキュウリが安価な食材として広く普及するようになっても、キュウリサンドイッチはイギリス人の食事としては「特別な地位」を占めているらしい。
 となると、これは文化の問題であるから、欧米人が蕎麦やうどんを啜る日本人を信じられないように、イギリス人のキュウリ愛は外国人には信じがたいほどのものらしい。文化であるから金銭の問題ではない。
 こうしてレストランやカフェではよく、レモン入りの水みたいな位置づけで、「キュウリ入りの水」が置かれ、キュウリ入りのカクテルの種類も多いらしい。

 この話は、家庭菜園でキュウリを作っている私を喜ばせる。
 脈略もないが、イギリスなら我が家はサー ハセヤン家といったところである。
 しかも、写真のキュウリは「黒イボ半白胡瓜」で、このあたりを席巻している大手ショッピングモールでは手に入らないものだ。
 去年まで、最盛期には成り過ぎて幾つも捨てていた。
 ああ、なんという不埒な行いだったのだろう。
 今年はイギリスに思いをはせ、心して食べる気持ちになっている。

 閑話休題、キュウリといえば河童であるが、その由来となった河伯のことは中国の「楚辞」「抱朴子」等々の史書に種々記されている。
 それを受けて日本では、日本書紀仁徳天皇11年に、今の大阪府寝屋川市付近にあたる「茨田の堤」築造に際し、河伯に人柱を供える有名な話がある。
 もっと身近なところでは遠野物語や各地の民話に豊かに登場している。
 さらに続日本紀延暦8年条には、桓武天皇の母である高野新笠は百済王の後裔で、百済王の遠祖都慕王の母は河伯の娘であった。よって高野新笠はその末裔。つまりは日本の天皇家の祖先の一人は河伯という『公的記述』がある。
 荒っぽい算数では、一人の人の20代前の先祖は200万人いて、1000年遡って逆算すると現代日本人のほぼ全員が兄弟姉妹という。その中には当然ご落胤も含まれていることだろうから、つまり、貴方も私も河童の末裔かも知れない。

    自家製の胡瓜はのびのび曲がってる

4 件のコメント:

  1. サンドウヰッチにキュウリといえば、ピクルスしか思い浮かびません。写真のキュウリは、なにわ伝統野菜の「毛馬胡瓜-(黒イボ胡瓜)」とよく似ていますね。

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  2.  ひげ親父さん、コメントありがとうございます。イギリスのキュウリのサンドイッチは耳学問でしか知りませんが、ただただ生のキュウリのスライスということです。近頃のことですから当然いろんなアレンジ、バリエーションがあるのでしょうが、基本は驚くほどシンプルらしいのです。
     次にわが家の「半白胡瓜」ですが、原種に近いということでは毛馬胡瓜と幾分似ているようです。ただし、毛馬胡瓜を実際に食べたことが無いので味の比較はできません。外形は毛馬胡瓜よりも太いです。
     この種の半白胡瓜の特徴は中心部に水気の多い部分があり種も目立つことですが、その特徴がサラダには向かないということで市場から排除されたということです。私はそこのところが美味しいと思っているのですが。

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  3.  6月4日は私の65回目の誕生日のため、外で普段よりはちょっぴり上等なランチを嫁さんにおごってもらいました。夕食時には、隣の畑でみずみずしいキュウリを1本摘んできて、味噌を付けながらそのまま食べました。こちらでは有名な「ダバダ火振」(焼酎)を心ゆくまで飲みながら、私にとっては最高の誕生日でした。

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  4.  バラやん、コメントありがとうございます。上等なランチの後の夕食に新鮮キュウリという話、充実した生活が目に見えるようです。ハッピーバースデー!

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