2024年4月20日土曜日

G7もおかしくないか

   4月16日の記事の続きでもあるが、報じられているとおりG7外相会議がイランへの制裁を決定した。
 私はイランのイスラエルへのドローン攻撃等を一切許容するものではないが、G7の議論もおかしくないかと思っている。

 イランの主張を肯定するしないに拘わらず(肯定しないが)、13日のイランのドローン攻撃等が、4月1日にあったイスラエルによるシリアにあるイラン大使館空爆による要人7人の殺害に対する「報復」であったことは誰もが認めている。そしてそれは明らかな国際法にも違反する戦争行為である。
 ならば、「法の支配」というような言葉が好きなG7のメンバーは、先に、もしくは同時にイスラエルにも制裁を科すべきではないだろうか。・・・というような話は私が思いついた特殊な議論ではなく、多くの識者も主張されている。

 ところがどういう訳か、イスラエルによる大使館空爆やガザ地区の大量虐殺は不問に付され、イランにだけ制裁という議論はどうも納得がいかない。イランの報復という主張が正当だと言っているのではないが。(写真はガザの子ども達)

 邪推であればよいのだが、結局キリスト教に近いユダヤ教とキリスト教「連合」が反イスラム教ということで感情を統一しているのでなければ良いが。
 それとも、例のイギリス・フランスの二枚舌、三枚舌外交の罪滅ぼし? ナチスの歴史を背負うドイツの罪滅ぼし?
 であれば、日本の外相の信仰は知る由もないが、どうしてそんな風潮に同調するのだろうか。その理由が、所詮は「米国のポチ」ならあまりに悲しい。

 モーセの十戒(汝、殺す勿れ)が有名無実になった今、仏教徒は不殺生戒を対峙すべきだろうなどと妄想する。

2024年4月19日金曜日

藤の花

   病棟を背に咲き誇るや藤の花

 先日の 遠足で『野田ふじ』巡りをして詠んだ一句。

 これは少し重いテーマで俳句には似つかわしくないかもしれないが、参加者のお連れ合いさんがその大病院でお亡くなりになったので、その方はその場所が辛いとおっしゃった。

 大病院というものには得てしてそういう一種残酷なところがあり、例えば産科などでは「おめでとう」の言葉に送られて出ていく多くの人々がいる一方、絶望に打ちひしがれた人も同じフロアにいる。
 それは此の世の習いかも知れないが、当事者にとってはそんな言葉で心が収まるはずもない。
 そういう心象は、シチュエーションこそ違え私の中にも残っている。
 それでもなお、ここまで参加してくれたHさんには御礼を言いたい。

2024年4月18日木曜日

花が咲いた場所は

   この春の気候は複雑に経過し、温かい(桜の開花が早い予想)→寒い雨天(開花が足踏み)→暑い(いっぺんに開花)と変化して桜の開花予想も変転し、
スカを食らった方々も多かったようだが、わが退職者会もその一員で、16日の遠足で目指したノダフジは予想外に蕾が堅かった。

 事前に私が福島区役所を訪れて「4月下旬から5月連休あたりでしょうか」と尋ねた際は「4月中旬です」とのことだったので、ドンピシャ中旬に日程を組んだのだが、結果は少し早すぎた。

 それでも、場所や株によっては満開に近い藤棚もあり、そんなところでは蜜の匂い(ハチミツの匂い)がプンプンし、熊ン蜂が大宴会を催していた。ただ都会の方々には熊ン蜂は怖そうらしく、藤棚の下での集合撮影も大変だった。

 先週には「16日は雨」という天気予報であったが、結果は曇り空で終始し、日頃の行いの悪そうな面々にも拘らず万々歳。
 そして、場所を梅田に移しての交流会となり、フジの蕾の堅かった分を取り返すかのように話に花を咲かせた。

 解説資料を持参してガイドをしてくれたUさん、自身は欠席ながら「記念絵葉書」を作成して提供してくれたTさん、交流会会場を押さえてくれたKさんなどなど多くの力で楽しく過ごせた一日だった。
 次は5月23日(木)のパーティーの準備となる。

2024年4月17日水曜日

馬肥し

   14日(日)の朝のEテレのNHK俳句の兼題はクローバーだったが、入選句6句目はそれを「苜蓿(うまごやし)」 として詠んでいた。
 俳句や文芸の世界ではクローバーのことを苜蓿、馬肥しとも呼ぶことはあまりに有名なことなので何の驚きもないが、映された苜蓿の写真には驚いた。それは、わが家のこの花であった。
 写真の左上の方に葉っぱが見えるが、確かに葉っぱはクローバーそっくりだ。

 そして、驚くとともに納得した。
 実はこの花は、緑化週間かなんかで自治体から希望者に配られた種で、その時は「クローバーの種」として配られた。
 しかし実際に開花してみるとこのようなことで、私は「クローバーではない」「カタバミ(オキザリス)やないか」と少しばかり自分の想像との違いに怒っていた。

 だが、広辞苑でも大歳時記でも「苜蓿はクローバーの俗称」とあるし、その苜蓿の定義もざっくりしたものであることがわかったので、自治体の説明も許される気になった。
 シロツメグサのイメージにとらわれ過ぎていたようだ。
 実際、冬の寒い頃にはグリーンカバーとなり、この季節は黄色の絨毯となり、夏以降はその他の草花に土地を譲る「愛(う)い奴」だ。

2024年4月16日火曜日

熱狂は嫌だ

   14日、イラン国民が夜空に花火を打ち上げて熱狂している映像がテレビから流れてきた。
 ニュースの解説では、イランは相当余裕を持って事前に、このこと(報復攻撃)を通告していて、しかも現代でいえばそれは鈍行みたいなドローンなどによるものだった。
 そして参謀総長は「作戦は完了した。続ける意図はない」と発言した。

 ということで、イラン指導者の「報復のメンツが立った」ことでことが終わればよいが、ニュースの中で乱舞していた「イラン国民」はそれを理解できているのだろうか。私の興味というか注目点はそこにある。
 また、イスラエルの指導者も、こんなタテマエとホンネみたいな事態を胸に飲み込むことができるのだろうか。
 
 私はイランの花火を見ながら日本史にあった日露戦争後の提灯行列を連想した。日比谷焼きうち事件を連想した。(「国民」は政府の宣伝した大勝利をホンキで信じ、それがために停戦した政府の「弱腰」を糾弾した)
 天に唾して、国民を煽って戦争をしてきた指導者は、結局国民の「世論」に押されて勝算のない進路を選択するものだ。そういう場合、「強気」以外の真実を語ることは指導者自身の没落を意味することになる。
 怖ろしいのは、イランにしてもイスラエルにしても、指導者が支持率を得んがために国民を煽り、その括弧付きの「世論(熱狂)」に自縄自縛になることで、日本でいえば維新のポピュリズムはその最たるものだろう。

 そんな歴史を思い浮かべながら、21世紀の戦争がどうなるのか、よ~く見つめて各国指導者が賢明な選択をするよう声をあげていきたいものだ。
 報復の連鎖は地獄の釜の蓋を開けることになる。それだけは間違いない。
 現実味のある危険は熱狂とメンツだと思う。
 
 本来、そのことをイラン指導者に説得力を持って語ることができるのは、G7でいえば日本の指導者であったはずなのに、小泉純一郎、安倍晋三以後の日本は世界中からアメリカのポチとみなされるほどに零落している。
 「憲法9条が我々を守ってくれていた」と言ったアフガンの故中村哲医師の言葉を思い起こそう。
 世界のためにも、日本のためにも、自公政権を退場させ、亜流自公政権でない政権交替を実現させねば・・・。真剣に議論すべき時に至っている。

2024年4月15日月曜日

桜の戒壇堂

   今春の思い出写真を記憶のために一つあげておこう。 
 4月9日、東大寺戒壇堂。
 数十メートル先の大仏殿はインバウンドの人々でごった返しているのにここはこのような有様。
 この風景を独り占めしていてエヘン。

 そしてこの桜。お花見に見る一瞬の輝きの裏に「うつろひ」の寂しさがあるように私は思う。
 こんな一週間ほどの「瞬間」に大騒ぎする日本人というものを考えると、例えば大仏殿の大仏様を見ても、東南アジアなら常に金箔で荘厳するであろうところを、返ってそれにはありがたみを感じず、落剝した時の流れと「うつろひ」に感動する。つまりは一瞬に散るからこそに感動するのだろうか。
 それは諸行無常の教えだろう。

2024年4月14日日曜日

君の名は

   人の名前が出てこないなどということは日常茶飯事のことだから驚きもしないが、わが家のすぐ横の歩道縁の小さな花の名前が出てこない。
 それでいて、いつかどこかで、東大寺のお坊さんが「東大寺本坊の庭にこの花が咲いていて見事なものですよ」と語られていたということは思い出す。
 もしかしたら「斑(まだら)呆け」とはこんな感じなのだろうかと想像したりする。

 写真は拡大しているので、ほんとうは小さな花だ。
 近頃はスマホでパチッと撮ればすぐに名前が出てくるというアプリが幾つもあるようだが、容量を食いそうなのでインストールしていない。
 そこで、「春の雑草」「スミレに似た草」「紫色の雑草」などなどと検索項目を微妙に変えていろいろ試してみたが、キランソウ、トキワハゼ、カワセミソウ等々これもいろんな写真が出てくるが、どうも記憶の底とも合致しない。

 そんな話をしていると妻が書架から本を引っ張り出してきて、「ここに付箋までついてるよ」と。・・・答は(ムラサキ)サギゴケ。確かに私の字で「サギゴケ」という付箋までついている。もちろん、そんな付箋までつけた記憶はない。やはり健忘。
 その本は『四季の野草』山と渓谷社・全3巻で昭和55年発行。古い付き合いの本だ。
 それに、昭和55年当時定価1500円×3巻だから、なかなかの本を購入していたことになる。
 「ヨーッ太っ腹」と昔の自分を誉めてみた。

 もの忘れのことを書いてきたが忘れてはならないものがある。そのことについて2024年4月13日朝日夕刊の『素粒子』が素晴らしいので引用する。
 🔳素粒子🔳
 ミャクミャク様のお告げかもしれない。くしくも万博開催まで1年という節目に、ギャンブル依存症のおそろしさを知る。
    ◇
 「出禁」発言が「大阪ジョーク」なら、「いのち輝く未来社会」描く万博の隣地にカジノはブラックジョークじゃないの。
    ◇
 「もう1回チャンスをくれ」「これ以上借りないから」と沼にはまった元通訳。「夢よもう一度」は、ときに呪いにもなる。

 ・・・ジャーナリストの常識と良識を見たようで心に染みた。

2024年4月13日土曜日

いずれ菖蒲か

   いずれ菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)・・とは美しいもの秀でたものの例えであるが、アヤメ科アヤメ属といってもシャガがそれほど注目されないのは可哀そうである。

 シャガは三倍体植物で種子をつくらないから、森の奥にシャガの群生があるとすると、そこはかつて人家があった、つまり廃村の跡だという。
 にもかかわらず、わが庭の思いもよらない場所で咲いていたのが掲載の写真。

 あちこち土を入れ替えたりしているうちに移動したらしい。
 深くもない根っこだが丈夫な植物で、こんな風に逞しく生存圏を拡大している。
 これからシャガを見つけると、肺いっぱいに息を吸い込んで、その生命力を取り入れたいと思う。

2024年4月12日金曜日

工夫は楽し

   9日に書いた『今日も工作』の続きなり・・・ 
 ゴミステーションの基本のネット(網)を補強していたネットがボロボロになったので、補強していたネットを取り外したのが9日の記事。
 すると、カラスが基本のネットの網目からゴミをつついて引っ張り出すようになった。なんということだ。
 しょうがない。妻と一緒にホームセンターに行き、ネットの下にビニールシートを取り付けることにした。

 以前はいわゆる「タコ糸」で取り付けていたが、それはナイロン製の「結束バンド」にした。これによって相当の省力化になった。
 もう一つ、結束バンドのための穴からビニールシートが破れていかないようハトメで穴を補強しようとしたのだが、この少し大きめのハトメが上手くいかなかった。

 ここで思いついたのが「ハンダコテ」。敵はビニールだから熱には弱いだろうということ。
 実際に実行してみたら、穴は瞬時に開けられるは、穴の周りは熱できれいにコーチングされるはで、見事に大成功。
 それでも、基本ネットの寸法に合わせるのに一苦労、二苦労。
 夫婦でふうふう言いながらも完成させた。
 今回の工作の工夫の自慢はハンダコテ。

 それでも「雨水がたまる」とか「結束バンドの端が痛い」だとか文句が出るかもしれない。
 え~い、そんなマイナス点ばかり考えていると何も前に進まない。
 もう町内の口うるさい爺さんと思われてもいい。

2024年4月11日木曜日

鉄は美味しい?

   ラジオやテレビから流れてくるコマーシャルはというと、紅麹事件などどこ吹く風と言わんばかりのサプリメントの宣伝、宣伝。
 鰯の頭もナントカというプラシーボ効果もあるから全否定する気もないが、その伝でいけば「鉄鍋料理で鉄分補給」というお伽噺に近い話の方がよい。

 ただこのお伽噺、奈良公園を歩くと説得力を感じる。
 ネットやテレビの情報レベルの話だが、鹿が列車にはねられる事故が確かに多く、鉄道会社等が対策をいろいろ検討した結果、鹿の肉は鉄分含有量が多くそれが持久力を高めているのだが、その鉄分補給のためレールを舐めに来るのだろうというのが定説になっている。

 無機の鉄を舐めてどれほどの補給ができるのかは大いに疑問だが、事実として、奈良公園の鹿は鉄の鎖をよく舐める。

 鉄鍋の鉄分補給を語るなら、〇〇コートなどと宣伝されている、焦げ付かないフライパンや鍋の影響を心配しなければならないだろうが、そんなことを思いながらも、あまりに便利なものだから、焦げ付かないアルミ箔を使用しているこの矛盾。

2024年4月10日水曜日

原発は核兵器と同じ

   IAEA(国際原子力機関)が7日に発表したニュースによると、ウクライナ南部でロシア軍が占拠しているヨーロッパ最大規模のザポロジエ原発にドローン攻撃があり、何らかの被害があったという。 
 ロシア軍が占拠しているのだからロシア軍が攻撃したとは考えにくく、私の推測では、正規のウクライナ軍ではない反ロシアのゲリラ攻撃ではないかと想像するが、今のところは解らない。

 だとすると、いうならばチャチなドローンによって核兵器と同じ効果が生まれるということになり、「オッペンハイマー(原爆)が第二次世界大戦を終わらせた」的な発想が現に存在する下では、チャチなドローンによって地球が滅びかねない危険性を教えている。

 日本では、北朝鮮のミサイルの脅威がよく語られるが、日本海沿岸に原発を並べておけば、ドローンやそれに似た小型の兵器で一挙に核兵器と同じ効果が生まれると、なぜ議論にならないのかが不思議である。

 関西人にイメージを持ってもらうためのロジックでいえば、冬の北風の時期に敦賀原発銀座で原発事故が発生した場合、福井市の福井県知事が見ているテレビの画面に映っているのは京阪神の壊滅のニュースになるということだ。

 ザポロジエは、そういうケースが夢物語でも被害妄想でもなく、大いに現実味のある課題だということだろう。

2024年4月9日火曜日

今日も工作

   小学生の頃などあちこちの工事作業を眺めるのが好きだった。そこは
「なるほど」と思うことが実現していく魔法の世界でもあった 
 そんなこともあり、手先は不器用なのだが、今でも「工作」は嫌いではない。

 わが街はゴミ収集がステーション方式だが、カラスは各ステーションごとの「民度」を熟知しているように思われる。で、わがステーションはというと、恥ずかしながらカラスはけっこう狙い目だと考えているようで、ゴミ出しの日はすぐ近くで観察していて、横着な住民がネットのカバーをしっかりしないとゴミ袋を破いて朝食会を始めている。
   そんなこともあり、そんな小さなことで責任追及するのも面白くなく、しばしばブツブツ言いながらも写真のとおり夫婦で対策(工作)をとっている。

 先日はネットの隙間を埋めるための「オモシ」を作ったが、これはけっこう使用してくれている。ただ98%の人が対応してくれても2%の人が隙間を開けたまま帰ってしまうと、カラスは笑って朝食会をする。

 職場でいえば労働組合に入らない、学校ではPTAに入らない、街では自治会に入らない・・人が増えている。それぞれの組織に問題があり、入らない言い分もあるだろうが、約めて言えば「自分だけ」しか考えない常識力の低下でないだろうかと私は思う。

2024年4月8日月曜日

お花見

   7日(日)はグングンと気温が上がり夏日となった。
 
 落葉樹は半日で芽を伸ばしたのが目視でわかり、花畑にはクマバチがブンブン飛び交った。(写真のはキムネクマバチだと思うが、胸があまり黄色くなく違うかも?)
 経験的にはこのクマバチは4月下旬からGWあたりに藤棚で群舞する。

 クマバチはブーンという大きな音を立ててホバリングをし、正面からその顔を見ると如何にも戦闘態勢で威嚇しているように感じるが、人間めがけて刺しに来るようなことはないから「春の風物詩」として味わうに限る。

   桜の満開が週末とぴったり一致したから、有名な名所は花見客でいっぱいだっただろう。
 わが家に近い公園でもお花見の催しがあった。
 
 わが庭も水仙は終わったが、次々に小さな花たちが・・オキザリス、ハナニラ、シバザクラ、ムスカリ、チューリップ等々と咲いており、それらを愛でながら缶ビールをプシュッと開けた。

2024年4月7日日曜日

しつらい

   気温が暦を飛び越えていくかのような此の頃なので「ちょっと待ってくれぇ」と端午(五月五日)を迎えるしつらい(室礼)を四月五日に整えた。 
 とはいっても、五段飾りの五月人形は公共施設に寄贈したし、飾ったのは写真の下の方のミニチュア兜。
 清少納言も、小さきものは皆美しいと言っているわけで、この方が日本文化の王道だと屁理屈を言っている私。

 ただ鯉のぼりだけはあまり小さくないものを庭に立てている。
 時々やって来る孫のためのものだが、孫の来る来ないに関わらず立てている。

 ルーツを遡れば幟であり旗指物だろうが、鯉のぼりはアウフヘーベンを感じさせる。そこには権威や戦の匂いは既になく、平和憲法下の日本を象徴していないだろうかなどと思っている。
 反対に、それを頑なに言うならば、革新民主陣営の政党、労働組合、平和団体、学術団体などなどの旗も「ルーツは軍旗だ」みたいなつまらぬ議論になるし、平和を指向するなら時代劇を観るのはおかしいみたいな話になる。
 ともあれ、そういう話と兜飾りの矛盾は大目に見てほしい。