2017年1月21日土曜日

初・鼻の穴くぐり

 太陽の黄経300度というと春分点(0度)の60度前になるから冬真っ盛りとなるが、先人はそれをズバリ大寒と言った。こういう知恵に私は只々ひれ伏すだけだ。
 その寒い日(20日・大寒)に少し時間が空き、孫の凜ちゃんの体調もよさそうだったので、東大寺病院近くの大仏殿に凜ちゃんを抱いて走って行った。

   目的は大仏様の『初・鼻の穴くぐり』で、遠足や修学旅行のシーズンオフの今が狙い目だと考えた次第。
 「初」というのは「今年初」というのではなく、「生まれて初めて」の「初」。

 そこは予想どおり空いていた。シーズンにはズラーっと子どもたちが順番待ちなのに。読みどおり・・・だった。
 で、写真のとおり凜ちゃんは生まれて初めての『鼻の穴くぐり』を行った。
 この柱の穴は30㎝×37㎝で大仏様の鼻の穴と同じ大きさだといわれている。が真偽は不知。

 帰ってから妻が「怖がれへんかった?」と尋ねたが、凜ちゃんはいつも机の下で遊んでいるように馴染んでいた。
 そしてくぐり抜けた時に周囲の人から祝福された。
 記念すべき大寒になった。

 2016年4月24日の記事に書いたとおり、東大寺の職員に聞くと「この穴は鬼門除け」という。柱は大仏様の背中側の丑寅(北東)にある。

 なお、東海道中膝栗毛では京都・方広寺の柱くぐりに弥次さん喜多さんが臨んでいる。
 柱の穴のほんとうの理由は判らない。

 しかし、この列島の人々はこの種の穴があるとくぐりたくなるのである。
 それは一般に、胎内くぐりと言われるが、生まれ変わり(再生・復活)の儀式・信仰である。・・・と私は解している。

 この儀式で凜ちゃんに無病息災を願うのは大仏様にもハードルが高すぎるかもしれないので、原点に返って今日までの成長を毘盧遮那仏に感謝しておいた。

   着ぶくれて毘盧遮那仏の鼻の穴

2017年1月19日木曜日

トランプと橋下徹

 水井多賀子氏の 【トランプのマスコミ排除を批判する一方で…橋下・安倍のメディア圧力を批判できない日本のマスコミのだらしなさ】2017.01.12 という素晴らしい記事に出会ったので以下に紹介する。

   《日本時間12日未明におこなわれたトランプ次期大統領の当選後初となる記者会見は、予想通り暗澹とした気持ちにさせられる散々なものだった。前日におこなわれた退任演説でオバマ大統領は移民受け入れなどの多様性をもった歴史こそが「アメリカを豊かで強くした」と語ったが、一方、トランプはメキシコ国境の壁建設について「我々は壁をつくる。私は待ちたくない」と宣言。そうした不寛容を肯定するトランプの態度は、今後のヘイトクライムの激化を予感させるものだ。

 そんななかでも注目を集めたのは、トランプとメディアのやりとりだ。

 トランプは記者会見の質疑応答で、ロシアによる大統領選時のサイバー攻撃問題に絡み、ロシアの工作員がトランプの不名誉な個人情報を掴んでいると報じたCNNのジム・アコスタ記者を公然と罵倒。「(質問するのは)おまえじゃない。おまえの組織はひどい。偽のニュースだ」と言い放った。

 このヒステリックな姿勢には、本日放送の『ひるおび!』(TBS)や『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)といった日本のワイドショーでも、「大統領がこんな態度でいいのか」「メディアの役割はウォッチドッグ、権力を監視するのが役割だということを理解していない」などと批判的な意見が飛び出した。宮根誠司でさえ「自分の都合の悪い人には発言の機会を許さない」とトランプの印象を否定的に述べたほどだ。

 たしかに、トランプのあの強権的な態度を見れば、こうした意見が出てくるのは当然の話で、もっともなものだ。しかし、である。わたしたちはとっくにトランプそっくりの為政者を目撃してきたのではなかっただろうか。

 もちろん、それは前大阪市長である橋下徹だ。

   たとえば、2011年のダブル選で勝利し大阪府知事から市長へ鞍替えした橋下は、圧勝した自信からか気に入らない報道や記者の質問に対して激しく攻撃。都構想の行方を報じたABCの記者に対して、ツイッターで〈あの取材記者は「馬」だったのか?確か人間だったはず。ほんと馬の耳に念仏だよ〉と攻撃したかと思えば、囲み取材で教員への国歌の起立斉唱命令について質したMBSの女性記者に激昂し、得意の論点のすり替えや詭弁を繰り出しつつ、「ふざけた取材すんなよ」「とんちんかん」などと26分間にわたって面罵しつづけた。

 さらに13年には、朝日新聞が大阪維新の会(当時)の政党広告の掲載しなかった問題をきっかけに、朝日の取材を拒否。取材拒否はじつに半年近くもつづいた。また、同年5月には橋下が「従軍慰安婦が当時必要だったことは誰でもわかる」と発言したことを報じた朝日新聞・毎日新聞をはじめとする報道を「大誤報をやられた」と攻撃。これは明白なメディアへの責任転嫁だったが、橋下はこの一件で毎日おこなっていた囲み取材の中止を宣言したのだった。

 マスコミを仮想敵に仕立て上げ、攻撃を繰り返すことで“闘う政治家”を演出し大衆を煽る──このように、橋下がやってきたことは選挙戦中のトランプとそっくりそのまま同じである。

 そして、この“橋下流”を取り入れたのが、総理大臣に返り咲いた安倍首相だ。かねてより安倍首相の“朝日嫌い”は有名だったが、第二次安倍政権発足後からはそれを憚ることなく公言。たとえば14年に枝野幸男・民主党幹事長(当時)の政治資金問題について、安倍首相が側近議員との食事会で「撃ち方やめになればいい」と発言したとされる問題では、各社ともこの発言を報じたにもかかわらず、なぜか朝日だけを問題視。衆院予算委員会において「朝日新聞の報道は捏造」と名指しで批判し、「朝日新聞は安倍政権を倒すことを社是としているとかつて主筆がしゃべったということでございますが」などと攻撃した。

 橋下のメディアコントロールについては日本ジャーナリスト会議による16年度JCJ賞を受賞した松本創氏の『誰が「橋下徹」をつくったか──大阪都構想とメディアの迷走』(140B)に詳しいが、メディアに対する恫喝が繰り返されてもメディア側は橋下人気にあやかろうと無批判に取り上げ、「改革者」のイメージを大衆に擦り込んでいった。他方、安倍政権はテレビ局に対して批判を封じ込めるための通達をおこない、気にくわないキャスターたちを降板に追い込んでいったのである。

 この国のメディアはこうした実態を体験し、自分たちもそうした権力者に取り込まれている当事者であるにもかかわらず、トランプの言動に「メディアの役割は権力の監視だ」「自分の都合の悪い人には発言の機会を許さないなんて」などと嘆息するのだ。まったく、嘆息したいのは視聴者のほうだ。

 しかも驚くべきは、言語道断のトランプのメディア対応に対して「当然だ」などと述べるコメンテーターがいた、ということだ。実際、『ひるおび!』では八代英輝弁護士が、CNNは選挙中からトランプ批判をおこなってきたことを“中立ではなかった”とし、“トランプから会見で無視されても仕方がない”などとコメントしたのだ。

 マイノリティに対するヘイトスピーチを繰り返してきたトランプを否定することは当然のことだが、そうした当たり前を「中立」なる言葉で歪曲し、メディアに対する圧力を正当化する……。さすがは安倍政権をアシストする発言を連発している八代弁護士らしい主張だが、この国のメディアはこうして詭弁を弄し、トランプ的な橋下・安倍という権力者をのさばらせてきたのだ。


 トランプとメディアの対立は、対岸の火事などではない。そして、トランプに対しては「メディアの役割は権力の監視だ」などと言えても、自国の瓜二つの権力者にはそれを言わないのが、この国のマスコミの実情なのである。(水井多賀子)》

   くしゃみして大阪劇の真似を見る

2017年1月18日水曜日

内心処罰は怖ろしい

 労災保険制度の通勤災害のQ&Aに、「退勤時に〈駅前でいっぱいやろう〉と言いながらいつもの駅に向かっている途中交通事故に遭ったのは通勤災害か?」というのがある。
 疑問点は、「いっぱいやろう」と誘い合って歩き始めたときからそれは退勤というよりも飲み屋へ向かう行為ではないかという点にあるが、答は特段の事情のない限り通勤災害になるというのが正解である。「心は罰しない」が、法の根本原則だから。

   さて、安倍首相が20日からの通常国会に提出を狙う「共謀罪法案」は、以上の例え話に真っ向から違背する。
 行為としての犯罪を処罰するのでなく、思想や言論、つまり個人の内心を処罰するという。
 内心を処罰のためには、盗聴、密告、スパイ行為が欠かせない。
 この法案は必然的にそういう警察国家を作り上げる。

 内心処罰なら「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍首相自身が憲法違反で罰せられるべきだし、真珠湾で「和解」した稲田防衛相が帰国翌日戦争犯罪人に「謝罪」した「内心」は偽証罪になる。というような正論たる笑い話で済ますことはできない。

 共謀罪を含んでいた戦前の治安維持法の逮捕者は数十万人を超え、送検されただけでも75,000人を超え、弾圧が原因で命を落とした人も1,682人を超える。

 写真に掲げたが、治安維持法施行当時の警視庁の説明は「労働者や思想家たちはあまりにこの法案を重大視し悲観的に考えているようであるが・・・伝家の宝刀であって余り度々抜くつもりでもない」というものであった。
 また内務省警保局長は「われわれの方でも運用については非常に注意し純真な労働運動や社会運動を傷つけないよう心がけている」と言っていた。
 つまり、Post-tryth(ポスト真実)ではないが、それらは真っ赤な嘘だった。

 だから、「一般の方々が対象になることはあり得ない」と6日に発言した菅官房長官こそが一番の「内心処罰」の対象者なのだが、もちろん彼は権力の側であるから罰せられない。 
 なので私は、それを刑法で裁くのではなく、世論の力で裁きたい(法案阻止したい)と思っている。
 いま私は、青木理著「日本会議の正体」(平凡社新書)を読んでいるが、安倍晋三の唱える「戦後レジームからの脱却=戦前回帰」は本気である。
 そのことを馬鹿にしている知識人は、トランプ当選に慌てている米知識人と同じ屈辱を味わうかも知れない。

  15日付け東京新聞「本音のコラム」で山口二郎法大教授は菅発言を受けて、「誰が一般の方々なのか。誰が決めるのか。「本音のコラム」読者などは真っ先に一般でない方々に認定されるかもしれない。まずは共謀罪を止めさせるために共謀しよう!」と訴えている。けだし名言である。

    寒波きて内心処罰のニュースあり

2017年1月17日火曜日

22年前

 22年前の1.17というと、いうまでもなく阪神淡路大震災があった。
 震災後だいぶ経ってから、労働組合の兵庫支部の委員長と会ったとき、「水がないのが不便や」と語る氏のワイシャツの襟が鼠色に汚れていたのを今でも覚えている。慰めの言葉など見つからなかった。

 同じ仕事仲間のために! という義援金の話が持ち上がったときには、「被災者に仕事仲間も何もないやろ」という気分も湧いたが、そういう繋がりで広がる支援が重なって現実があるのだろうと考えて、一般の義援金とは別にこれはこれで大きく取り組んだ。ただ、この気持ちの整理は今も100%は整理できていない。

 仕事では先例のない質問が相次いで、私がたまたまそういうポストに座っていた以上、決断に次ぐ決断が迫られた。20年以上経った現在は懐かしくもあるが当時は必死だった。
 被災者の身代わりにはなれないが、それなりに努力した自負はある。
 やはり私の人生のなかでも特筆すべき日々だった。
 22年経ったが、被災者の苦労、周辺で努力した人々の苦労を今一度思い返したい。

   さて、大阪の谷町四丁目の近くに一等水準点がある。
 上町台地の北端近く、大阪城の少し西である。
 上町台地から東はかつて河内潟・河内湖であったとおり低地である。
 西は見事に大阪湾に向かって下っていく。
 北はすぐに「浪速」(なみはや=なにわ)の語源である旧淀川=大川で天満橋がある。
 なのでここは、谷町筋に近いので上町の頂上ではないけれど、大阪市内でいえばほぼ頂上に近いあたりである。
 そこが標高17mと表示されているので驚いた。
 ちなみに、東日本大震災の津波の高さは、最高点では40.5mだった。

 阪神淡路大震災の経験から「地震と火災に注意」だけだと考えていたら、南海トラフによる東南海地震の津波の軽視にならないだろうか。
 東南海地震は歴史的周期からいうと「明日起こっても不思議でない」といわれている。
 私としては、大阪府市政が万博だとかカジノだとかに浮かれているときではないと思うのだが。

 商品のキャッチコピーの様に響いたなら嫌であるが、やはり言っておこう。
 忘れてはならない、1.17、3.11、そしてフクシマ。

   忘れないの言葉も重し1.17(いちいちなな)

2017年1月15日日曜日

小さいことからコツコツと

   12月30日の読者の広場に投稿が掲載された。
 上手くは書けなかったが言いたいことは「自分の言葉でメッセージを発信すること」の値打ちのようなことを言いたかった。
 あとで読み返してみて、メッセージの伝え方を見出しにしながら、そもそも言いたいことがはっきりと伝わっていない。・・・と反省していた。

   ところが1月13日、見ず知らずの仲間から「共感する」とのいわば「返歌」をいただいた。
 これには、私の投稿が掲載された以上に感激した。
 小さなことかも知れないが、気持ちは波紋の様に広がるのだと実感した。

 メッセージの伝え方に関わっては、オックスフォード辞書の2016年の単語「Post-truth (ポスト真実)」が話題になっている。
 典型は、イギリスのEU離脱派が嘘をついて住民投票を制したことやトランプが嘘をついて大統領選を制したことで、事実や真実よりも、感情的で攻撃的な言葉で弱者を仮想敵に仕立て上げる手法とそういう劇場型社会を指している。
 
   教養ある人々が「あんなゲスな扇動が功を奏するはずがない」といっている間に、彼らは一定の結果を得た。
 中野晃一先生の言を借りれば「正しいことを言っているのだから伝わって広がるに違いない」といっているうちにである。

   Post-truth の時代、民主主義を守ろうという人々は本気で「メッセージの伝え方」を考える必要がないだろうか。
 言葉を変えれば、どんなに立派で高邁な理屈であっても、相手の心に伝わらない話は話にならない。つまるところ、よく勉強しながら人情にも厚いというのがいいのではないか。

 遊びのないハンドルみたいな人物は息苦しいと思われないか。実は私は多分に無趣味で面白くない男である。反省。
 そんな遊び心で「ヒヨドリはグルメ?」を書いたらこれも掲載された。
 これを読んで何人かがクスッと笑ってくれればいい。

 川柳の追記
   信じるという言葉を信じる投稿欄

2017年1月14日土曜日

粘着する美空ひばり

   もう去年のことになるが、消極的に紅白歌合戦を見ていた。
 島津亜矢の「川の流れのように」を聞いて変な気持ちになった。
 美空ひばりが歌った歌い方に比べてなんともあっさりしている。心が響いてこない。なんだこれは?
 島津亜矢の体調が悪かったのか、選曲等を巡って不満があったのか、その種のことについて全く知識がないので何もわからないが島津亜矢の歌とは到底思えなかった。

 言い遅れたが私は歌謡曲については相当遠いところにいる。勘違いも多いだろう。というよりもほとんど知らない。だから、あまり本気で読んでもらっては困る。

 そもそも、私は美空ひばりが嫌いだった。
 あの鼻に掛けた粘っこい巻き舌は街のチンピラを思わせた。
 山口組田岡組長に愛娘の様に可愛がられているのも嫌だった。
 好きな上岡龍太郎が美空ひばりを絶賛していても不同意だった。
 こんなことは気分の問題だから、異なるお方は「トウシローがバカめ」と笑って読み飛ばしてほしい。

 「愛燦燦」や「川の流れのように」が美空ひばりの歌のまっすぐな延長線上にあったのか、それとも大きくカーブしていたのかも知らないが、私も歳をとり、なんとなくそういう歌詞が染みるようになっていた。
 ちなみに、「愛燦燦」も小椋佳本人の歌よりも美空ひばりの方が素直に入ってきた。
 そして、紅白の島津亜矢だった。

 いつから私は美空ひばりの粘着板に絡み取られたのだろう。
 初めて美空ひばりの「川の流れのように」を聞いたとき、「ああ、これが最後の持ち歌になるな」という漠とした不吉なイメージを持った。そのショッキングなイメージが心の底に沈殿してからだろうか。
 島津亜矢の「川の流れのように」を聞きながら、大晦日に私は美空ひばりがいた時代に懐かしさを覚えた。
 ただそれだけの記事である。

   想い出のメロディーの方がいいなと大晦日

2017年1月13日金曜日

いわゆる少女像問題

   安倍首相は、いわゆる少女像問題で駐韓大使等を一時帰国させた。
 テレビなどでは、「韓国政府は10億円をもらうだけもらっておいて約束を守らないからだ」と政府を支持する論調もある。
 はたしてその論調は正しいか。
 外務省のホームページの公式な見解を再確認しておこう。
 平成27年暮れのいわゆる日韓合意については、合意文書等の文書類は一切なく、日韓両外相共同記者発表がそれに代わるものとされている。それが次のものである。

1 岸田外務大臣

 日韓間の慰安婦問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,日本政府として,以下を申し述べる。

1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。

2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。

3)日本政府は上記を表明するとともに,上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
 あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。

2 尹(ユン)外交部長官

 韓日間の日本軍慰安婦被害者問題については,これまで,両国局長協議等において,集中的に協議を行ってきた。その結果に基づき,韓国政府として,以下を申し述べる。
1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。

2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。

3)韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。

 以上が記者発表の全てである。外務省HPの公式なものである。
 そして問題は、尹外交部長官の「韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する」の結果が表れていないと安倍首相は怒っているそうだ。

 しかし約束内容は、文字どおり「韓国政府は、韓国の民間団体に協議を行う等を通じて、解決されるよう努力する」以上でも以下でもない。
 それを「韓国政府は強権的にでも撤去するだろう」と理解したのなら、理解した方(岸田外相と安倍首相)の読み(判断)間違いだったということになる。
 ヒラリー勝利との読み、会談直後のトランプ氏のTPP反対表明、1ミリも領土が進展しなかったプーチン会談等この内閣の外交下手は極まっている。

 他国の内政に口を出す気はないが、大統領の弾劾裁判が実際に進行している国は民主主義国家の一側面である。さらに言えば日本政府はあの朴末期政権に民間団体の立てた像を強制撤去しろと迫っているようにしか見えないが、それは民主主義国家の政府の要求として正しいだろうか。
 韓国政府が日本政府に「ヘイトスピーチは日韓合意の精神に反するから逮捕して処刑しろ」といえば応じるのか。アメリカ新政権から「トランプの悪口は新聞テレビで禁止しろ」といわれたら応じるのか。
 結局、「日韓合意」なるものを誇大広告した安倍政権が「かっこが付かない」というので大使帰国などをして外交の失敗?を糊塗しようとしているとしか見えない。

 こういう風に、内政の行き詰まった政府が安っぽいナショナリズムを煽る傾向は民主主義の危機の時代となる。
 メディアも政府も冷静で理性的に振る舞うことが大切ではないだろうか。
 「日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える」と約束しているのだから。

   裸木はワルツを踊る外は風

   軽蔑は軽蔑生むとメリルさん

2017年1月11日水曜日

シロハラ

   シロハラは大型のツグミ類で、ガイドブックでは「体長が24センチ」と書かれている。私の感覚でも異存はない。
 野の鳥としては大きい方かもしれない。(キジなどを除いて)

 この鳥を撮影に出かけた時には目よりも耳を優先させると、落ち葉の下のミミズなどを探す ガサッ、ゴソッ という音で見つけることができる。
 クチバシで落葉をひっくり返す音だ。

 飛び立つときなどにキョキョキョキョと鳴くから、キェッというツグミとは違うことが解る。

 暗い林の中を好み明るい芝生のようなところには出てこないので、撮影はあまり簡単ではないが、それほど難しくもない。
 
 夏には大陸に渡っていくから、食べられてしまわないかと心配するが、そんなことをいうと冬鳥は皆そうだろう。
 実際には、一羽一羽捕って食べられるよりも、ゴルフ場の農薬・殺虫剤などの方が桁違いにダメージを与えているのではないだろうか。
 虫や鳥の様子を見て人間社会の未来を想像するのが大切ではないか。
 「都市の品格」という言葉があるが、野鳥の数はそのバロメーターだと思う。
 冬鳥は日本のほか、韓国、北朝鮮、中国、ロシアを見聞してきたはずだから、率直な感想を聞きたいものだ。

    冬鳥や汝が眼球の見たは何

2017年1月9日月曜日

えべっさんを巡る

   今日は宵戎!
   奈良公園周辺にはえべっさんが三つある。
 一番歴史の古いのが大和一宮(やまといちのみや)率川(いさがわ)神社のえべっさん、
 二つ目が、なら町の花街にあって、ちょっと有名な南市(みなみいち)のえべっさん、
 そして春日大社のえべっさんであり、その内の前二社が十日戎ではなく五日戎なので、1月5日に初詣を兼ねてえべっさんを巡ってきた。
 率川神社では、本社である大神(おおみわ)神社の巫女さんが「祓い給え・清め給え・幸(さきわ)い給え・・・」と一人一人に丁寧なお祓いをしてくれた。
 それを近くの神職の方にカメラを渡して撮影していただいた。恐縮、恐縮。と、まあ、そういうことが許される程度に境内は混雑していなかった。

   南市恵美須は社前に鈴が二つ下がっていて、そこで順番に鈴を鳴らして二礼二拍手一礼してお詣りするというのんびりした方式なので、順番を待つ列がズラーとなら町に連なり数十分待ちというものだった。
 その途中で粕汁の振舞いもあった。
 なので、こちらは賑やかで華やいでいた。

   そしてお詣りの後、吉兆の付いた福笹をいただき、お社の裏に廻ってドンドンドンと叩いて、二人の孫の安寧をお願いした。
 大阪の今宮戎のような、大音量のスピーカーが「商売繁盛で笹持ってこい」と繰り返す強烈なお祭り気分には欠けるが、情趣に富んだ五日戎だった。

 春日大社のえべっさんは飾りつけはされていたが十日戎前の静けさだった。ここのすぐ隣には夫婦大黒社があり、ここは恋の水占いの若い女性で賑わっていた。

 えべっさんは耳が遠いからお社の裏をドンドンドンと叩いて大声で頼みごとをせなあかん!とは昔からの(大阪、京都、奈良の)言い伝えである。
 強い神、怖い神は世に多いが、身体(神体?)にハンディを持つ少し弱い神というのは珍しい。なので、その分懐が深いに違いないと勝手に解釈している。
 えべっさんと同じハンディも持つ孫の今後の大きな手術が成功するようお願いした。

 偉そうなことを言えば私はご利益があるとか罰が当たるという信仰はあまり好きでなく、今まではただただ報恩感謝で神仏にお詣りしてきたつもりだが、今は素朴に孫のご加護を本気でお祈りしている。
 信仰の堕落かも知れないが許してほしい。
 なお、正面からのお詣りだけでなく、裏に廻ってドンドン叩いてお願いするえべっさんのしきたりは、非常に神さまとの距離が短く、ある種のスキンシップみたいで私は好きだ。

 吉兆のことは12月31日の「祝箸」の記事で触れた。
 吉兆の付いた福笹は孫の夏ちゃんが欲しいというのであげた。

   叩く音(ね)も艶あり花街の初戎

2017年1月8日日曜日

痛快な本を読んだ

   最初に断わっておくと、これまで読んできた本などの印象から、私は佐高信氏も浜矩子氏もそれほど好きではなかった。
 しかし、日本中のマスメディアがアベノミクスを礼讃する中で、その当初から「千万人と雖も吾往かん」と先頭を切って批判し論争の矢面に立ってきたのが浜矩子氏であったことは、好き嫌いは別にして確固たる事実であった。
 そしてアベノミクスが、浜氏の指摘どおり大失敗、大失策に至ったことも確固たる事実である。
 なので、遅きに失したが、いわゆる正月休みに読んでみようと書店で購入した次第。

 感想は、痛快な談論風発に満腹したような感じ。
 少しく長くなるが目次をあげてイメージをお伝えする。

第1章 アホノミクスは戦争国家をつくる政策である
 アホノミクスという幽霊の正体
 中央銀行の本分を忘れた黒田総裁
 中央銀行家の仕事とは何か
 安倍復権こそ自民党の大罪
 タカ派は人より国家に目が行く
 三菱東京UFJ銀行の「英断」
 「マーケット」のいかがわしさ
 新自由主義とは新統制主義である
 いちばん真っ当な中央銀行は?
 達成する気のない物価上昇率2%
 GDP600兆円で戦争国家に
 焦りだした「チームアホノミクス」
 野党は本質的な批判をせよ
 政権が目論む「働かせ方改革」

第2章 貧困が抵抗に向かわず、独裁を支えてしまう理由
 「トランプ勝利」が意味するもの
 ヒラリーの敗因
 公助嫌いのアメリカン魂
 サンダース登場の背景を考える
 弱者が弱者を叩く構図
 「豊かさのなかの貧困」という問題
 人はなぜ税金を払うのか

第3章 人間と人間の出会いとしての経済
 食料自給率と戦争の関係
 「グローバル」を再定義する
 国境を「超える」ということ
 国が第一か、生活が第一か
 「日本会議」を誇大視するな
 「とくし丸」に見る経済活動の原点
 無頓着の連鎖が大破綻を生む
 「ラストワンマイル」の重要性

第4章 地域通貨が安倍ファシズムに反逆する
 言語の統一と通貨の統一
 エスペラント語は何を目指したか
 単一通貨と共通通貨
 仮想通貨の生みの親はケインズ
 格差が地域通貨を生み出す
 すべての通貨は仮想である
 偽物化する日本
 経済からしっぺ返しを喰らう
 政権とメディアが使う「業界用語」
 日銀内部から反乱を起こせ

第5章 マルクスの「資本論」は現代にも有効か
 城山三郎は哲学的に経済を見た
 バブル崩壊のメカニズム
 グリーンスパン元議長の罪
 経済学を目指した原点
 竹中平蔵はゼミの2年先輩
 経済学者たちの自主規制
 「トリクルダウン」の本当の意味
 野党の役割は徹底した批判でいい
 要人は足を引っ張られて当然
 マルクスは革命家ではない
 日本とイギリスの地勢的類似
 頭ではなく、本能的に考える
 「資本論」が描くブラック企業の姿
 官僚こそ無責任の最たるもの

第6章 「反格差」「反貧困」思想とキリスト教
 「規制緩和」という罠
 ゴーン礼讃が一つの転機
 人のために泣けるか
 イエス・キリストの戦闘性
 無関心こそが悪
 「いいかげん」と「良い加減」
 稲田朋美の涙を叱る

第7章 安倍晋三は大日本帝国会社の総帥か
 若い男子に支持される安倍政権
 SEALDs的なるものの未来
 役割仮面社会とアホノミクス
 企業には社会的責任がある
 誰のための同一労働同一賃金か
 若者よ、知性を解放しよう
 単なる記録装置になった記者
 メディアが見逃した「安倍の言葉」

第8章 アホノミクスをどう叩きのめすか
 グローバル市民主義が世界を救う
 市民は皆、クレーマーたれ
 怒りを失くした労働組合
 怒れないのは知性の荒廃
 あらゆる闘争を集約せよ

・・・目次だけで以上である。目次のタイトルからしても私自身不同意の箇所もある。
 しかし、全体としては痛快だった。
 この目次を見て興味を持たれたならば一読をお勧めする。

 折角だから1か所だけ引用させてもらうと、「グローバルを再定義する」の項で浜先生は、 ・むしろグローバル時代はもっと人らしく生きられる時代になってしかるべき。 ・国境なき時代(グローバル)と国境の存在を前提にしなければ生きていけない国家とがせめぎ合うのが今の時代。 ・ですから、アンチ・グローバルという立場をとってしまうと、国家主義の思う壺にはまってしまう ・・と述べられている(実際の内容はもっと長く深い)のが、私などは全く考えてもいなかったいささかショッキングな指摘だった。
 私などは、TPPや構造改革・規制緩和の新自由主義や、アメリカの猿真似の維新の政策に立腹して、「保護主義の何がいかんねん!」とアンチ・グローバリズムを唱えたいクチであったが、「思う壺」にはまってしまわない理論の構築が大切だと反省させられた。宿題をもらったような感じである。

   文字に酔い寒夜忘れて大笑い

2017年1月7日土曜日

義父はウルップ島にいた

   私の義父は戦争中、今でも日本軍のトーチカ跡があるというウルップ島に兵隊として派遣されていた。
 親孝行したいときには親はなしとはよく言ったもので、ほとんどの日本人がよく知らないその地の風土などをもっともっと尋ねておけばよかったと悔やんでいる。妻もほとんど聞いていないという。

 ウルップ島はエトロフ島の北東の島で、クナシリ島よりわずかに狭いが面積は1,450k㎡ある。ちなみに大阪府の面積が1,899k㎡だから「島」などといって侮れない。エトロフやクナシリの大きさは推して知るべし。

 北アルプスや八ヶ岳に山登りをしていた頃、高山植物にチシマギキョウとかチシマウスユキソウなどと「チシマ(千島)」という名の付く草が多かったし、もっと直接的にはウルップソウというものもあった。
 ネットを開くとウルップ島はラッコの島、広葉樹林の北限とあった。
 知らないがどこかに懐かしさも感じる島である。

 さて、ウルップ島を含む千島列島は、明治8年にロシアとの間で樺太・千島交換条約が平和的に締結されたので、カムチャッカ半島の目と鼻の先まで全千島列島は日本の領土だった。
 だから、領土不拡大の原則を踏まえたポツダム宣言を受諾した日本は、敗戦国とはいえ全千島列島を一島だって奪われる理由は何もなかった。
 それが今日の「四島返還」に矮小化されたのは、ひとつにはスターリン・ソ連による不当な侵攻、ふたつには自民党の前身政党によるサンフランシスコ条約時の「千島列島の放棄」という誤ったメッセージにある。
 その後に「南千島は千島でない」などという詭弁を弄したので世界からほとんど相手にされていない。(ハボマイ、シコタンが北海道の沿岸の島だというのは妥当であるが)
 それに対して日本共産党は、原則に立ち返って「四島返還」ではなく「全千島列島」の返還を前提に平和条約交渉を進めるべきだと主張していて、「日本共産党が一番ソ連やロシアに対して原則的で厳しい要求をしている」と驚かれたりしているが、私には幕末から明治のリーダーが必死になって不平等条約の改定に奔走した姿とダブって見える。
 
 昨年暮れにプーチンが『遅刻に遅刻を重ねて』日本にやってきた。遅刻もまた外交だということを不愉快ながら十分に学ばされた。
 ところが、「経済活動はロシアの主権の下で行われる」とロシアが繰り返し表明する下で、安倍首相は一切の反論もせず莫大な「経済協力」を約束した。
 それは、「返す返す詐欺」に乗ったバカな被害者と揶揄されるだけでなく、ロシアのクリミア併合に対してEUやG7など国際社会が経済制裁の強化を決定しようとする局面で行ったということで、国際社会の取り組みを壊す許しがたい裏切り行為でもあった。

 この経済援助で四島にはさらにロシア人の流入と経済活動が増え、仮に関連して日本人の活動が増えるとすると、日本人の交通事故や不慮の犯罪事故などがあった場合、当然にそれはロシアの制度で処置されるので、ますます返還は遠のいた。
 安倍晋三という人は、口先だけは勇ましいが、自分の選挙のためになる話題作りのためなら何でもする人だと思う。Post-truthはヨーロッパだけのことでない。(Post-truthは前回の記事に書いた)

   ウルップ草汝が故郷に父はいた

2017年1月5日木曜日

新春詠を読んで

   昨年の秋ごろから、ブログ記事にできるだけ17音(文字)を付けることにした。
 それを自信をもって俳句と言い切れないところが悲しいところで、我ながらこれはどう見ても川柳だなと思うものがあったり、夏井先生流にいえば「散文を五七五に切って俳句のつもりになっている」標語のようなものも多い。というか、その方がほとんどだ。
 が、何事も「やらないよりはやってみること」の方が良いだろうと居直っている。学びて思わざれば則ち罔しだ。

 さて、朝日新聞元日号の「新春詠」からお二人の歌と句を摘んでみると・・・、
 不時着と言ひ替へられて海さむし言葉の危機が時代の危機だ
 Post-truth他所事(よそごと)ならず無表情に衝突と言ひて去りゆく女人   永田和宏 ※

 殺すなかれ殺さるるなかれ薺(なずな)打つ
 降る雪や奪はれても奪はれても福島     長谷川櫂
というのが印象的だった。
 
 これらのテーマを散文で解説すると恨み節になったりお説教になったりする。
 それが定型の短詩に昇華されると力強く人々の心を打つのが素晴らしい。
 この歳になって、つくづくと己が才能の無さを恥じるものの、一時、「老人力」という言葉が注目されたときがあるが、その伝でいけば、「嘲笑われてもいいや」という居直りはプラスの老人力だろうと居直っている。

 ※ Post-truth(ポスト真実) : 客観的な事実や真実よりも、身を切る!とか取り戻す!とか守り抜く!というような、決意や熱心さを前面に押し出した嘘や誇張やホンネと言われる言葉が社会をリードし、その主張の一番の犠牲者になる層がそういう言葉に熱狂する感情社会のことだと私は理解している。(12月29日の「証拠隠滅」のコメント欄に一部記載)
  ※ 沖縄の新聞の見出しは「墜落」だが本土の新聞は官邸発表の「不時着」に右へ倣え!
 ※ 南スーダンは国連の委員会も「飢えや、集団強姦、村の焼き打ちなどで既に民族浄化が進んでいる」と警告。国連が「南スーダンへの武器の禁輸」を求めるも日本政府は反対。米国の国連大使からも批判されている。・・が、防衛相(女人)は「衝突」があっただけと。

   年頭に「ポスト真実」の歌に逢ひ

   お正月孫に習いし恋ダンス

2017年1月3日火曜日

加害者にもなりたくない


 箪笥の奥から、父親が陸軍大臣からもらった感謝状が出てきた。
 昭和12年というから、7月に盧溝橋事件が起き、日本軍が北支に展開し、8月には第二次上海事件で中支にも展開したいわゆる支那事変(日中戦争)勃発の年である。
 このときも戦争とは言わず「事変」であったのだ。
 (「武器」は「防衛装備」、「戦闘」は「衝突」。ああ、なんという再現ドラマをいま我々は見ているのだろう)
 他の日付の大阪府知事の感謝状もあるから、このときの恤兵金(じゅっぺいきん)は大臣感謝状に値するほど多額だったのだろう。
 (「じゅっぺい」という言葉は辞書を引いて今回初めて知った)

 後の日付の銅や鉄の供出の「特別回収買上傳票」も出てきたし、戦時国債も大量に購入したと小さいときによく聞いた。
 
 このことから、わが父親も戦争被害者であったというのは容易いが、しかし、この恤兵金は戦争遂行に使用されたのだし、もっと言えば、中国人や他の国の人々の殺人に寄与したことにならないか。

 旧冬26日に「(ヤマトンチュウが)沖縄(ウチナー)に対する不当で差別的な安倍政権に無批判であってはいけない」という主旨の記事を書いたが、およそ庶民は被害者であるとともに加害者になってしまっていることが少なくない。本人の意思とは別にのことである。
 「知らんかった!で済んだら警察はいらん」という漫才があったが、21世紀に生きる我々がそんな風であってはしょうがないだろう。

 さて、「今頃何を言うねん」と言われるかもしれないが、人間という尺度で先の戦争の歴史を自分なりに解りかけてきたのはつい最近のことである。
 それは、勉強の末、データや知識の集積というようなものではなく、自分が積み重ねてきた人生経験に照らして70数年前の歴史の諸事実が人間の弱さとして納得できるようになったからだと思う。
 数え歳では元日に歳をとったのだが、歳をとるのも悪くはない。歴史が映像のように理解できるようになるのだからと言ったらやせ我慢か。
  
    正月や未来は希望と孫に言ひ

2017年1月2日月曜日

今年はトリ年

   今年はトリ年! 
   先ずは、少しおめでたい感じの瑠璃鶲(ルリビタキ)で新年のご挨拶。
 撮影は12月30日。
 ようやく帰ってきてくれた!旧友再会!といった気分。
 今年も可愛い野鳥たちと巡り合えますように。


   2枚目の写真は1月1日撮影、つまり撮り初め!
 3時頃妻と散歩に出かけて、「4時頃にここに飛んでくるのだが」と言って待てどもなかなか来ず、妻は先に帰ってしまったが、3時50分ごろにきっちりとやって来てくれたもの。


   次に、新年を、こんなボケた写真からスタートするのは情けないが、チェッチェッチェッと笹鳴きする鶯の影である。
 囀り以前の笹鳴きの鶯はほとんど姿を現さないし、その藪の中でもじっとしておらず激しく動き回る。
 なので、これでも、逃げ隠れ続ける悪人の姿をおぼろげながらも捕らえたような満足感もあるが、まるで「ウォーリー(鶯)を探せ」の絵本のようになった。

   その次は柄長(エナガ)で、野鳥の中で最軽量級と言われている。
 この鳥も忙しい鳥で、枝におとなしく留まってはくれない。
 小魚が群れて泳ぐように、この鳥もシーシーシーシーと鳴きながら群れて木から木へと移っていく。
 群れているから気が弱いのかと思うとそうでもなく、エナガが先頭に立って切り開いていく中を、後から、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、コゲラなどが「どうも安全そうだ」とチャッカリと付いて飛んでいく。
 「カラの混群」という。
 エナガの先進性を見習いたい。

   最後はお口(眼)直しのために、わが家の柿の木に来た尉鶲(ジョウビタキ)。
 「尉と姥」の尉なので、お正月に相応しいと了解願いたい。
 ただし、若鳥なのか雌なので頭部が白髪ではないがそこはスルーしてほしい。
 尉たる所以のその二は、紋付を着ているかのような姿である。これは鮮やかに写っている。

 元日や紋付羽織った尉鶲