2018年4月26日木曜日

シリアの情報

   右の写真は24日付け朝日新聞朝刊のダマスカス=翁長忠雄記者の記事である。

 写真上でクリックして拡大して読んでいただけると判るが、アサド政権によって制圧された東グータ地区から政権側キャンプに脱出してきた避難民の「反政権側制圧下の5年間」の証言である。

 軽く読み終えると反政権側による人道危機の告発に見えるが、街を破壊し住民の命を大量に奪ったのはアサド政権・ロシアによる空爆でないのか。

 先日有志連合が空爆した不正はあるが、その前提の毒ガス兵器の使用がアサド政権側によるというのはほゞ間違いないのではないのか。

 この避難民の証言が嘘であると言うつもりはない。
 しかし、メディアは細部をまるで全部であるかのように示すことがある。一昨日の記事で「40か国の首脳がデモの先頭に立った」嘘のようなものである。 
 我々は余程感性を研ぎ澄ましていないと騙されないか。

 ところで、アレッポの反アサド政権側の「自由シリア軍」(ISではない)に潜入した西谷文和氏の文の中に私が少し苦笑した文があった。
 『戦況は、昼間は自由シリア軍が銃撃戦でアサド軍を追い込んでいく。夜間になるとアサド軍がミグ戦闘機や攻撃型ヘリで空爆してくる。
 反政権側の者はいう。「卑怯者、空から撃ちやがって」。ミサイルに脅えながらミグ戦闘機に悪態をつく。
 実際に空爆されている側に住んでみると「戦争は理不尽」で「空爆は反則」と感じるのだ』

 この文は正確な論文ではないし、そもそも正しいかどうかというようなこととは埒外の記述だが、私には妙に戦争の理不尽が伝わってきた。
 暴力(戦争)は第2第3のISを生むだけではないだろうか。
 プロレスの試合のように、アサド政権、自由シリア軍、ISなどが殺し合いを続けているのを、ロシアや有志連合(米仏など)のそれぞれの軍事産業がビールを片手に笑っていないか。

   空爆を反則というアラブ兵批判すべきかともに笑うか

2018年4月25日水曜日

生誕140年

   今年は与謝野晶子生誕140年になるという。
 わが高校の大先輩でもあり、在校中から私は『君死にたまふこと勿れ』をそらんじていた。
 この詩が発表されたのは明治37年(1904)で日露戦争に出征した弟の無事を祈るものである。
 言葉尻から反戦歌などと言うのは今風で、もっと素朴な性格の歌であったが、当時は国粋主義者はもちろん権威ある文壇からも激しい批判を浴びた。
 その批判に対して晶子は『明星』に「ひらきぶみ」を書き、一歩も引かず戦争の悪を説き、人として当然の「まことの心を歌ってこそ歌」と反論した。

 岩波文庫『与謝野晶子歌集』(与謝野晶子自選)の「あとがき」には、若い頃は薄田泣菫、島崎藤村の模倣に過ぎなかった。後年の私が「嘘から出た真実」と述べているが、本人には申し訳ないが、若い頃の一途な歌が心を打つ。

 頬にさむき涙つたふに言葉のみ華やぐ人を忘れたまふな

 晶子に立ちはだかった明治37年は「近代化が善」であったというかも知れないが、基本的に女性は一人前の人間扱いがされていなかった時代である。
 それに比べての今日は基本的には進歩している。
 なのに政治の天井部分でセクハラは継続し、メディアの一部は被害者を責めている。
 自衛隊員は紛争地に派遣され、真実の記録は隠蔽されている。
 生誕140年、私たちは彼女の勇気を心から見習うべきときだろう。

 ふるさとの潮の遠音のわが胸にひびくをおぼゆ初夏の雲
 海恋し潮の遠鳴りかぞへてはをとめとなりし父母の家

2018年4月24日火曜日

真実は単純かもしれない


 東京新聞は、南スーダンで2016年7月、政府軍と反政府勢力の大規模戦闘が起きた際、国連平和維持活動(PKO)に派遣中の陸上自衛隊部隊が、通常武器を持たない隊員も含め全員に武器携行命令を出したことが22日、分かった・・と報じ、
 派遣隊員は当時を「戦争だった。部隊が全滅すると思った」と証言。PKO参加には「紛争当事者間の停戦合意」など5原則を満たすことが条件で、政府は当時「武力紛争ではない」と説明していたが、参加の根拠が崩れていた可能性が強まった。派遣隊員や防衛省幹部が明らかにした・・と報じた。

   西谷文和氏の講演で知ったことだが、自衛隊基地の東隣はジュバ空港で政府側(大統領派)の拠点、基地の西隣に反政府側(副大統領派)の拠点とするビルがあった。
 つまり自衛隊基地の上空をロケット弾が飛び交っていたわけである。
 そういう地図を見ると、これを戦闘地域と言わずして何とする、という感が深まった。
 そして、日本の大手メディアに頼っていては世界中の真実はほとんど解らないとつくづく思った。

   2015年1月7日にパリの週刊新聞社シャルリーエブドを3人組の男が襲い17人の犠牲者が出た。そして11日「私はシャルリー」と書かれたプラカードがパリの街を覆った。そのデモの先頭には世界40か国の首脳が立っていた。その映像(のみ)はフランス中、否、全世界中に配信され「テロとの戦い」「これは戦争だ」という世論は確固たるものになった。

 しかし、英インディペンデンス紙の写真では、それは全くの「やらせ」であることが明らかだった。だがすでに世界中の世論はできあがっていた。
 『頭を冷やす』・・このことが何よりも大切な時代になっている。
 ISを支持するつもりはないが、中東を地獄の底に突き落としたのは欧米先進国である。
 
 武器輸出大国や戦争が無ければ経済が成り立たない国がある。厳然たる事実である。
 「あの国はイスラム〇〇派だからね」などと判ったような口をきく前に、正確な事実と単純な仕組みをしっかりと凝視することが大切ではないだろうか。

    春暑し野菜作りは土づくり
    庭に微かな肥料の匂い。臭いと思うかどうかは人それぞれ。

2018年4月23日月曜日

海外メディアは正直


 日本のことは海外から見る方が正直に見えるようだ。
 ニュースサイト・リテラから引用する。

 イギリスの高級経済紙フィナンシャル・タイムズは、18日付(電子版)で、まず、TPPをめぐって安倍首相の目論見が外れたことを指摘。
 今回の会談に先駆けて、日本でもトランプ大統領がTPP復帰への再交渉検討を指示したとの報道があったが、周知の通り、実際にはトランプが17日に〈日韓は復帰してもらいたいようだが、私は米国にとってTPPは望ましいとは思わない〉〈二国間協定のほうが効率的で利益になるし、われわれの労働者にとってよっぽどいいじゃないか〉とツイートしたように、完全に蹴飛ばされてしまった。と、論評は手厳しい。

〈安倍首相は自身を、TPP協定の利点を説明し、米国が署名するよう説得もできるかもしれない“トランプの助言役”のごとく見せてきたから、今回のトランプの転向は安倍首相がくらった直近の痛手となった。〉

 もちろん「直近」というからには、安倍首相はこれまでもトランプから散々痛めつけられてきたとの認識だ。記事ではその例として、日本が米国の友好国のなかで唯一、鉄鋼とアルミニウムの高関税をかけられたこと、また、トランプ大統領が金委員長との会談を電撃決定したことを挙げ、〈これを日本政府は驚きをもって受けとめ、安倍首相は大慌てで平壌と日本の地理的近さとミサイルのことをホワイトハウスに思い出させなければならなかった〉と書く。そのうえで、こう続けているのだ。

〈水曜日の安倍首相との共同記者会見でトランプ大統領は、繰り返し中国の習近平国家主席への賞賛を重ねた。大統領は習国家主席を“私にとって非常に特別な人だ”と明言した一方で、安倍首相に対する親近感は抑えられていた。〉

 ようするに、北朝鮮の非核化に尽力する中国と対照的に、安倍首相はただただ圧力をがなりたてているだけで、とっくに見切りを付けている。そんなトランプの心中が、共同会見での態度に表れていたとの指摘である。安倍首相からしてみれば完全にケチョンケチョンに言われているわけだが、英国一流紙によるダメ出しはここで終わらない。さらにクリティカルな論評が続くのだ。

〈この日本の最も重要な同盟国からの外交的軽視は、安倍首相にとって最悪の時期に到来した。世論調査では政権発足以降最悪の支持率低迷を見せており、安倍首相は国内での一連のスキャンダルを振りはらおうと必死になっている。もし支持率が回復しなければ今年中に総理辞任に追い込まれるだろうとの見通しを語る自民党の有力者もいるほどだ。

 そのダメージは、日本では極めて感情的な問題である拉致問題についてトランプ大統領が北朝鮮政府への圧力を確約することで、幾分かは相殺されることになる。しかし日本では、安倍首相が自負しているトランプ大統領に対する特別な影響力を信じる人は、ほとんどいなくなるだろう。〉

 どうだろう。安倍首相はこれまで散々「深い信頼関係で結ばれている」「世界で一番、トランプと話ができる」と吹聴し、国内メディアも「ドナルド・シンゾー関係」などと誉めそやしてきたが、それも今や昔の話。現実は、安倍首相はすでにトランプから見放されており、その現状を海外メディアが冷静に伝えているのだ。

 海外でこうしたトランプの“安倍切り”やその醜態を伝えているのはフィナンシャル・タイムズだけではない。

 たとえば米紙ワシントン・ポスト17日付(電子版)では、外交問題を専門とする記者が、安倍政権はトランプの北朝鮮との対話外交の決定に驚かされたとしたうえで、〈昨年、トランプ大統領が日本を訪れた際、両国首脳のゴルフのなかで安倍首相はバンカーに落っこちた。今年、首相は自らが作り出したさらに大きなトラップのぬかるみにはまっているように見える〉と皮肉をきかせて分析。
 
 また、ニューヨーク・タイムズ21日(電子版)は〈トランプ大統領が他のアジア諸国との関係を築くことは、脇に追いやられてしまったことを恐れている日本にとってさらなる打撃となった〉と指摘している。

 つまるところ、安倍政権はトランプが大統領選に勝利するや否や各国首脳に先駆けて会談をぶっ込み、日米同盟の強固さと外交的イニシアチブをアピールし続けたが、結局はトランプのほうが何枚も上手。安倍応援団が喧伝する「外交の安倍政権」がまぼろしであることは歴然だ。さらに、いまや狂気としか言いようがない圧力一辺倒の対北朝鮮政策(政策と言えるかすら怪しいが)によって、安倍首相は愛するトランプから完全に鬱陶しがられており、それは国際社会からも共通認識となっているのだ。

 引用おわり、付記事項なし。

2018年4月22日日曜日

確かに地球は廻っている

   21日土曜日朝日新聞夕刊のトップ記事は『北朝鮮「核実験場を廃棄」』で、『北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は20日、「我々にはいかなる核実験、中長距離や大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射も必要がなくなった。北部核実験場も自己の使命を終えた」と・・宣言した』と報道した。
 
 トランプは密かにCIA長官を訪朝させ金正恩と交渉を続けてきたというから、金正恩もトランプもなかなかしたたかなものである。
 報復合戦なら未曽有の被害が想定される韓国、いろんな意味で北を友好国にしておきたい中国、韓国滞在米国人が常に約26万人いる米国、よい意味でみんなリアリストのような気がする。

 それに比べて、一人蚊帳の外の安倍晋三は日本国の恥さらしのように見える。
 拉致被害者は安倍の広告に使われ続けただけというのが正直な感想ではないか。
 「対話のための対話は意味がない」と勇ましかったが、現実はしたたかな対話で動いている。「巧言令色鮮し仁」とはよく言ったものである。安倍シンパと言われる日本会議グループこそ口先だけのお花畑的夢想家であろう。

 モリカケやセクハラだけでなく、安倍晋三を早期に退場させないと日本国は底なし沼に没落するだけだ。
 そのことは、革新だ保守だというような立場を超えて常識ある人々の共通認識になっている。
 「3000万署名が十分広がっていない」とか「議員の候補者がいない」とか嘆くよりも、全国で広がっている草の根の運動や、「それでも地球は廻る」かのような世界の動きに自信を持ちたい。

2018年4月21日土曜日

高槻土産

 友人が豊中市でペットボトルのお茶を買ったら高槻市のキャラクター『はにたん』の缶バッジが付いていたと見せてくれた。
 『はにたん』はきっと今城塚古墳出土の埴輪に由来しているのだろう。
 高槻市はけっこう商売が上手いかもしれない。

一番手前が水平箸置き
   先日、今城塚古墳に行った折り、土産に『水平箸置き』を買った。
 この種の土産は普通妻に「又いらんものを買うてきて・・」とけちょんけちょんに酷評されるものだが、今回は「これはいいなあ」と褒められた。

 説明書きには「戦国時代にこういうものがあった」(高槻城址出土?)と書いてあったが、私はそこまで勉強はできていない。
 たとえそれがハッタリだったとしても結果が合理的でかつ美しいので私は気に入っている。
 清水焼の水平箸置き、ふふふふと鼻の穴を膨らませている。

 お酒は獺祭の純米大吟醸、同窓生からいただいた。
 肴(あて)はハリイカを自分でさばいた。卵もあった。
 後ろにちょっとだけ写っているのはベビーホタテで、フライパンで熱を通して出汁を落とした。
 先日はマテガイを同じように調理?した。どちらも妻に好評を博した。

 小1の孫の夏ちゃんには先日から「お祖父ちゃんといろんな料理を作ってみよう」と呼び掛けているが、なかなか興味を示してくれない。
 先日は、オムライスにケチャップで顔を描いただけだが、まず第一歩だと評価している。

    森覆う藤を支える樹々やよし
    日頃全く目立たなかった雑木林に藤の花が満開で付近一帯が見違えた。藤を支える高木たちは年中褒められもしないが、彼らが無くてこの景色はない。

2018年4月20日金曜日

アナログレコード

   4月17日のブログに「ゴミ同様になっている童謡のCDはありませんか」と書かせてもらったところ、20年近く前に転居した転居前のご近所だったAさんから「レコードでもよかったら」と言ってアナログレコードを何枚もわざわざ持参していただいた。
 人は皆「影ながら応援しているよ」という善意に支えられて生きているのだとつくづく再認識した。ありがとうございました。ほんとうに喜んでいます。

 早速、長いあいだ埃を被っていたレコードプレーヤーで掛けてみた。
 何回も捨てられるところだったプレーヤーとスピーカー。
 スピーカーは28㎝×52㎝の木製スピーカーふたつだから結構場所をとっている。大物ゴミの日の度に妻に「もういらんのと違うん」と目の敵にされていたものだ。残しておいてよかった。

 さて、レコードとCDの音質の違いについては新聞その他で数多く述べられているとおり、CDは人間が聞こえない音はカットされている。そこをカバーしているレコードはその「雑音」部分が迫力や魅力になっている。
 CDつまりデジタルの音のその詰まらなさは太鼓の音でよくわかる。あの迫力はデジタルでは絶対に伝わってこない。

 孫の凜ちゃんが来たときにはレコードでこの迫力を味わわせてやろう。
 孫は朝ドラの「半分青い」の主人公と同じである。強い刺激にはとまどうかも知れない。
 生まれたてのころは反応が悪く、ああ両耳かと落胆したこともあったが、今は「半分」でも十分感謝している。

 プレーヤーには45回転と33回転の選択がある。懐かしい。
 「これはLPやから33や!」、孫よりも祖父ちゃん祖母ちゃんの方が喜んで掛けている。

 ▢ 音楽つながりで追伸 ▢
 友人のひげ親父さんがブログで高畑勲監督の事を書いていて、監督は作曲もしたほどに音楽にも造詣が深かったと教えてくれた。
 アメリカ映画ROSE(ローズ)の主題歌も訳詞され、それが平原綾香の歌う「愛は花、君はその種子」だと・・、全く知らなかったがせっかくなので以下にアップする。
 なお、ひげ親父さんのブログは、http://usukuchimonndou.blogspot.jp/2018/04/blog-post_14.html



    菜の花に背中押されて胡瓜植え
    満開の菜の花は夏野菜の植え時だぞとせかしている。胡瓜3苗とミニトマト2苗を植え付けた。肥料代を考えるとその都度スーパーで買う方が余程安い。しかしスーパーでは「収穫の感動」は売っていない。

2018年4月19日木曜日

新緑

   中学校の同窓生から『獺祭』の上等なお酒が届いた。
 先日の同窓会が楽しかったから感謝の気持ちだと書かれていた。 
 私はそんなに犠牲的精神で準備をしたのではないから、恐縮この上ない。

 思うに、自身闘病中であったり、看護や介護中であったり、直近に家族を見送ったりなど、みんな辛い日常や過去を背負っているからこそ、思いっきり弾けられたのではないだろうか。悩みが何にもない人間がはしゃいだのではタダのノーテンキだ。

 啄木に、友がみなわれよりえらく見ゆる日よ花を買ひ来て妻としたしむ というのがあった。同窓会というのはどうしても周りが幸せそうに見えるものだ。
 いや、辛い愚痴を吐露し合う同窓会があってもいい。前回は幾分そういう感じだった。
 しかし今回は、それは判った!ということで束の間弾けてもらった。
 誰もがそれを暗黙の了解事項で楽しんでくれたのだと思う。

 それにしても、次の同窓会が重圧だ。もう私の企画力は枯渇している。まいったまいった。
 という風に苦しみながら次も準備をすることになることだろう。これはある種のマゾかもしれない。

 (2)わが家の庭を覗き込んで「きれいですね」と言ってくださる人がいる。
 確かに百花繚乱の趣がある。
 しかし、私はただの青葉・若葉が気に入っている。
 花というのはいわば「子育て」の営みだが、青葉・若葉は文字どおり青春の美しさだ。
 その新緑の方に力を感じる。
 中学校の同窓会を終えて特にそんな気がしている。
 合い言葉は、カラ元気とヤセ我慢だ。
 

2018年4月18日水曜日

畑作は土から

 16日の朝日新聞朝刊『政治断簡』高橋純子編集委員の文章にはう~んと唸った。
 見出しは『畑作は土から 寝言は寝てから』だった。
 近頃の言葉でいえば『男前』だろうか。頼りない男が目に余る昨今、『男前』はしばしば女性に冠せられることが多くなった。こういう言葉の変化というのも実に面白い。

   書き出しはこうである。
 「国会で議論すべきことは他にもたくさんある。〇〇問題一色になるのは残念だ。私は必ずしも安倍政権支持ではないが、野党は対案を出さずに批判ばかり。もっと政策を議論すべきだ」
 以上、男もすなる「憂国しぐさ」といふものを、女もしてみんとてするなり。
 ①議論すべきことは他にもあるという〈嘆息〉 ②私は「中立」だという〈弁解〉 ③野党は対案を出せ、政策論議をせよという〈すり替え〉
 ――が基本セット。なにげに手軽に高みから知ったげに何か言ったげになれるがゆえに流行中だが・・・

 そして、
 畑の土が汚染されていることがわかった。もうこの畑で作物をつくるのは無理ではないかという議論をしているときに、いつまで土の話をしているのか、ニンジンをうえるかジャガイモをうえるか議論すべきだ、冷夏への備えも必要なのに、対案を出さず批判ばかりして……などと言い出す者は正気を疑われる。

 ・・・信頼などどうでもいい、成果さえ上がればいいという立場もあり得るだろうが、それはもう政治ではなくビジネス、それもかなりブラックなビジネスの感性と言わざるを得ない・・・

 最終章では、社会学者大澤真幸さんの言葉を引用して、
 「現実主義だリアリズムだと言って、可能なことだけを追求するというのは単に、船が沈むのを座して待つということにしかなりません」
 ・・・いろんな意味でこの国は老いているとしみじみ思う。どうすれば若返れるか……あっ。「やらされモードではなく、死ぬほど実現したいという意識を持つことが最低条件」かもしれない。自分の記憶の限りでは。(と、結んでいる)(以上は抜粋)

 本文にもあるが、見出し後段の「寝言は寝てから」もいい。
 私が意気に感じて「ヨオッ男前!」と天井桟敷から掛け声を挙げたくなった気分も理解していただけると思う。
 女だから男だからとすぐに言うのは正しくないが、東京新聞の望月衣塑子記者といい女性ジャーナリストの奮闘が目立つのは頼もしい。

 朝日新聞の『折々のことば』に「やらないうちからできないというな」というのがあったが、高橋純子氏の締めの言葉は一人ひとりの市民への訴えになっている。うがった見方をすれば男性記者諸君が氏の頭の片隅にあったかもしれない。
 そして思うのだがこの言葉、民主勢力と言われる中の人々も噛み締める必要がないだろうか。

    ホバリング鵯は椿に季を惜しむ
    ヒヨは盛んに椿の蜜を吸っている。急げ、今年の春は足早に去って行くぞ。

2018年4月17日火曜日

ヒップシート

   「世の中は日進月歩」などと驚くのは年寄りの証拠だが、写真の私が腰に着けているのはヒップシートという。
 直訳なら「赤ちゃんのお尻を乗せる腰掛け」といったところだろうか。
 「肩ベルトの無い抱っこ紐」と書かれていたりする。
 大容量のポシェットの機能もあるから主にお母さん方には便利だろうと思う。
 私は療育施設の送迎バスの利用時に使用している。

   話は代わるが、ベビー用品つながりで言うと、奈良公園に行くと2枚目の写真のようなコンパクトなベビーカーを使用している外国人旅行者が目につく。
 旅行ではきっと重宝がられるのではないだろうかと感心した。
 使用しないときも持ち運びに軽そうだ。
 そのうちに買うことにしようと心に決めた。

   こういうところに目がいくのも、孫の凜ちゃんのゆっくりした成長があるからだが、その凜ちゃんは歌が好きなので先日「いないいないばあ」の最新のCDを買ったが、2200円+税だった。またレコード店を覗くと普通の童謡のCDも2~3000円はする。
 童謡以外のCDや幼児向けDVDのセール品が200円ぐらいでざらにあるのに童謡のCDはなぜか高い。
 どなたか、ケースの中でゴミ同様になっている童謡のCDはないでしょうか。

    もう春か?桜見ながら母が聴く
 空調の効いた建物の中で過ごしている義母は季節さえ判らない。「(もしかして)もう春か?」と聴いてくる。ほら、窓の外は奈良の八重桜が満開ですよ。

2018年4月16日月曜日

しっかりせよ団塊

 老人ホーム家族会の定期総会を終えた。
 出席したメンバーはもちろん「介護する」家族だが、政府の介護制度の見通しを聞くと、Ⅰ 地域包括ケアシステム Ⅱ 自立支援 Ⅲ 多様な人材確保 Ⅳ 介護サービスの適正化・・・などなど、テーマの中心は団塊の世代が75歳以上となる2025年問題なので、頭の中は自分自身の介護のされ方、もっと言えば甘い言葉でどう介護から排除されるのかに関心がいった。
 
 私は団塊の世代の前の世代の最後、団塊の世代の兆しの最初にいる。
 少し後ろが本格的な団塊の世代で、息子は団塊ジュニアである。
 思い起こせば、プレハブ教室、講堂内の間仕切り教室、60人学級等々で、就職してからもことあるごとに団塊対策で賃金や昇進の制度改悪と直面してきた。
 そのため、いろいろ批判もあるが学園紛争のような新しい運動もいろんな局面であった団塊の世代だ。
 そして、最後にガ~ンとやられるのがこの介護問題だ。

 と言ったことに当の団塊の世代はどれだけ気付いているだろうか。
 「前の世代は好かった」的な分断策に乗せられずに、もう一度1970年代的な政治運動を考えないか。
 「ネットなんか苦手や」みたいなことをホザイテイル場合ではありませんぞ。はい。

 夜には役員らで懇親会を行った。次々に歌も飛び出し時の経つのも忘れるほどの元気の良さだった。
 そのパワーは他の世代の追随を許さないほどだった。
 そのときには老人ホーム入居者自治会を作って頑張ろうと約束した。
 しかし、自治会活動ができる間は入居できないジレンマがある。

2018年4月15日日曜日

 トランプがメキシコ国境に壁を建てるというのを肯定するものではないが、かつてのベルリンの壁という発想は多くの日本人には珍奇に映るが世界的には珍しくないようだ。
 NHKBSプレミアムの「世界街歩き」では街中が城壁に囲まれている古い都市が珍しくない。
北アイルランドの壁
   中国の城や街というのも歴史的にはそういうのが多い。
 現在進行形ではイスラエルがパレスチナ地域に壁を建てている。
 またNHKの「関口宏の鉄道旅・イングランド」では北アイルランドにはプロテスタントとカトリックの住区ははっきり分かれていて、住区の間に高い壁があり、夜間には門が施錠されていた。
 イスラエルも北アイルランドも、信仰する宗教の違いが大いに関わっているというから、平均的日本人にはその感情が理解し難い。
 
 英領北アイルランドについては、イギリスがEUを離脱することで、EU加盟のアイルランド共和国との国境を越えた移動の制限が生じる。
 そうすれば北アイルランドの和平合意20年が崩壊する可能性もある。今現在も自治政府は機能不全状態だ。
 あまり悲観的になる必要はないが、世界中では戦争や紛争が後を絶たない。
 
 よく考えると、ここ70年間に戦争そのものをしてこなかった国は日本ぐらいではないだろうか。
 この国にいろんな弱点はあるが、戦争も壁も必要としてこなかった淵源が現憲法にあるのは間違いない。
 この憲法の上に民主国家を発展させれば、真の意味で日本は世界のリーダーになれる気がする。
 特に一神教の宗教国家でないことがプラス面だが、そういう意味でも戦前の国家神道の復活は好くない。

2018年4月14日土曜日

愛燦燦

 新聞を読んで、映画「マルサの女」が頭をよぎった。
 山崎努扮する権藤が「正直に税金を払えば会社がつぶれる」というのに宮本信子の査察官板倉亮子は「査察が入ってつぶれた会社はないよ」と言った。
 労働基準行政や労働保険料の行政の現場では、これに似たやりとりが数えきれないほどあった。
 
   さて、その新聞だが、13日朝日朝刊のトップ記事は日本郵政グループの「同一労働同一賃金」策だった。
 社員の約半数が非正規雇用で、その差別の解消を求める要求や行政指導に対して、それならと正社員側の住居手当を廃止し、「はい同一になったでしょう」というのだ。
 これは権藤でさえ真っ青になるぐらいの「脱法行為」である。立法主旨に基づけば非正規雇用の労働条件の改善こそが日本経済の喫緊の課題であることは明らかだ。

 早速ABCテレビの「おはよう朝日です」で、司会の岩本計介らが「ヨーロッパでは産業別労使協定で同一賃金は相当確保されている」「日本でいえば吉本でも松竹芸能でもほかのプロダクションでも同じに・・」と振った後、「それはええなあ」と答えた芸人の亜生(アキ)に対して、「これ(日本郵政の策)はどこのプロダクションの芸人も(低賃金で有名な)吉本に合わせようということや」と話し、亜生「ええ~っ」と大笑いになった。
 安倍政権与党だけでなく、経済界のモラルも相当タガがはずれている。

 そういえば、倒れた市長を救命処置するために土俵に登った女性に「土俵から降りてください」とアナウンスした相撲協会は、その後開き直って、従来から行われていた「ちびっ子相撲」の女子の参加を静岡市の春巡業から断わった。
 「女子のけがが目立つと保護者から意見があった」という頓珍漢な説明は、先の「若い行司だったので」という釈明や、文科省に前川氏の公開授業で圧力をかけた池田佳隆自民党文科部会長代理の「地元から懸念の意見があったので」という理由同様、責任はすべて他人にと責任逃れをする卑怯千万なものだ。
 相撲協会のその対応には、伝統と改革の議論以前の、人間としての誠実さが欠けていないか。
 冷静に議論しませんか。表彰式にあまたの部外者が土俵に上がるのに女性はお断りというのに道理はあるだろうか。勇気をもって議論しませんか。

 「魚は頭から腐る」という西洋のことわざがあるが、この国は頭を洗い直して消毒しなければどうしようもない。
 〽 人は哀しい 哀しいものですね などと口ずさみたくなる春の宵である。
 14日は、〽 ちぬの浦風~という校歌の同窓会。
 楽しい同窓会にしたいと思うが、いつものように大すべりするかもしれない。
 結果はしょうがないが努力するのみと、前夜チヌ(黒鯛)の塩焼きを食べて自分自身にカツを入れた。

2018年4月13日金曜日

天網は漏らさず

東大寺大仏殿
   秘密保護法のとき、
 警察「秘密保護法違反でお前を逮捕する」
 私 「私がどんな秘密を漏らしたというのだ」
 警察「それは秘密だ」
とブログに書いたが、今般の自衛隊イラク日報隠蔽と自民党改憲案の緊急事態条項を重ね合わせると、
 首相「緊急事態なので国会や自由や人権は停止する」
 国民「どこにどんな緊急事態があるのか」
 首相「それは明かせない」
となることがはっきりした。
 もちろん、「ほんとうのことが書かれた文書はここにある」という内部告発者は秘密保護法違反で逮捕され、籠池夫婦の二の舞となる。

 自民党は「9条に自衛隊を明記しても現状と変わらない」と言う。
 だが憲法学者の指摘するところ、憲法に自衛隊が明記されたならば、自衛隊の公共性が認知され「公共の福祉」のためということで「徴兵制」が法理論上可能になるという。

 ここ数十年の政治を振り返ると、日本会議に代表される安倍右翼政権の戦術は明らかだ。「小さく生んで大きく育てる」だ。
 規制改革、特区、内閣府での官僚人事、メディア干渉等々だ。
 囲碁や将棋ではないが、庶民には「大局観」が求められている。

 天網恢恢疎にして漏らさずという言葉がある。
 安倍政権の大嘘は誰の目にも明らかだ。
 キーポイントは、批判し続けることにうんざりして飽きてしまうことだ。